ハブリング・ツーストーリー

次に彼が手がけたのは、「デステゥリエロ・スカフジェア」でした。スプリットセコンド機能、永久カレンダーやミニッツリピーターが搭載されたIWCの中でももっとも複雑なモデルに、さらに機能を追加することをリチャードは求められたのです。ここでも彼は、驚異的な短期間で難題を解決します。ムーブメントに大きな変更を加えることなく組み込むことができるトゥールビヨンを開発したのです。この技術は、「デステゥリエロ・スカフジェア」や「ダヴィンチ」に取り入れられました。また「ポルトギーゼ・ラトラパンテ」「ダヴィンチラトラパンテ」にはリチャードが開発したスプリットセコンド機能が搭載されています。

リチャードの才能は、スプリットセコンド・クロノグラフやトゥールビヨンですら、物足りなかったのでしょう。彼はかつてない機構に挑んだのです。それが時計の中に深度計を組み込んだ「ディープワン」。卓越した技術が必要とされるこの機構によって、IWCの歴史は、新たな時代を迎えたのです。

このころリチャードの人生は、新たな展開を迎えます。旧東ドイツに誕生した古い伝統に基づいた新しい時計ブランド「ランゲ&ゾーネ」。その社長であったギュンター・ブルムライン氏は、同社の技術部門と世界に広がるサービスネットワークを構築するためには、優れた能力を備えた優秀な時計職人が必要だと考え、リチャードに白羽の矢を立てたのです。
1997年、ドイツ・グラスヒュッテに赴いたリチャードは、彼の生涯にとってもっとも大切な将来の妻であり、ビジネスのパートナーでもあるマリア・クリスティナと出会います。マリアは単にリチャードの妻というだけでなく、技術面やデザインの決定にも深くかかわり、現在では二人のブランドをマネージメントの面でも支えています。


2002年、ブルムライン氏が突然この世を去ると、リチャードはランゲ・ゾーネ社を離れることを決意。マリアとともにウイーンへ移り、オーストリアでもっとも名高い時計販売業者ヒュープナーに、二人で入社します。リチャードはサービス部門の統括を担当し、技術面を全て引き受け、マリアは業務部門の責任者になったのです。しかし二人の夢は、出会った最初のころから自分たちの時計を作ることでした。
その夢が実現したのは2004年。
彼らはとうとう、リチャードの生まれ故郷のオーストリア・エーベルドルフ近郊のウーケアマクトで小さな工房を兼ねたショップを持ったのです。





オーストリア
 
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